レセコン、予約システム、資格確認端末、画像機器、スタッフ端末、決済端末、患者用Wi-Fiを、一台の家庭用ルーターにつないで開院する医院があります。通信できるという意味では動きますが、患者のスマートフォンと医療情報を扱う機器が近いネットワークに存在すれば、事故の範囲が広がります。
安全設計の基本は、無線の名前を複数にすることではなく、用途と扱う情報が異なる機器を論理的に分離し、必要な通信だけを許可することです。さらに、誰が設定を管理し、更新し、異常時に切り離すかという運用がなければ、導入時の設定はすぐ古くなります。
2026年6月に公開された厚生労働省の「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第7.0版」とサイバーセキュリティ対策チェックリストを前提に、開業規模の歯科医院が業者へ確認すべきネットワーク設計と院内ルールを整理します。
開業準備の全体像:歯科医院の開業準備は何から始める?で、この記事を含む開業準備全体の進め方を確認できます。
一つの回線でも用途別にネットワークを分ける
つながる機器と扱う情報を棚卸しする
最初に、院内でネットワークへ接続する全機器を一覧にします。レセコン、電子カルテ、画像サーバー、口腔内スキャナー、予約、資格確認、決済、複合機、防犯カメラ、デジタルサイネージ、スタッフ端末、患者端末など、無線と有線を分けて記載します。
各機器について、患者情報を保存するか、どこへ通信するか、院外から保守されるか、停止したとき診療へどの程度影響するかを書きます。同じタブレットでも、問診に使う端末と待合の動画再生端末では守る情報が違います。
機器の購入者、管理者、メーカー、型式、OS、IPアドレス、設置場所、保証、更新期限も資産台帳へ入れます。小型の中継器やスタッフが持ち込んだプリンターが一覧から漏れると、更新されない入口になります。
ネットワーク図は専門家だけが読める記号で終えず、受付が止まったときに、どの系統へ影響するか分かる簡易図も作ります。機器を追加するたびに台帳と図を更新する責任者を決めます。
医療情報・業務・患者用を分離する
少なくとも、医療情報を扱う系統、一般業務やインターネット利用の系統、患者用ゲスト系統は分けます。防犯カメラやIoT機器など、更新や安全性が異なる機器は別の区分が必要になる場合があります。必要な分け方はシステム構成とリスク評価で決めます。
異なるSSIDを表示するだけで、内部では自由に相互通信できる設定では分離したことになりません。VLAN、ファイアウォール、アクセス制御などを用い、ゲスト側から医療系機器やルーター管理画面へ到達できないことを施工業者に試験してもらいます。
医療系からも無制限にインターネットへ出られる状態を避け、システムが必要とする通信先と方式をメーカーへ確認します。遮断しすぎて保守や資格確認が動かないこともあるため、実際の業務を通して必要通信だけを許可します。
複数の物理回線を契約すれば自動的に安全になるわけではありません。一回線でも適切な分離と管理は可能であり、二回線でも誤配線で接続されれば境界は崩れます。構成と試験結果で判断します。
分離試験では、ゲスト端末から院内機器の一覧や共有フォルダーが見えないことに加え、プリンター、防犯カメラ、管理画面へ到達できないことを確認します。施工会社から試験項目と結果を受け取り、機器交換や設定変更後にも同じ試験を再実施します。
患者用Wi-Fiは院内システムから独立させる
患者用Wi-Fiを提供するなら、ゲスト同士の端末が見えない設定、院内系統へ到達できない設定、利用時間や帯域の制御を検討します。共通パスワードを長期間掲示するだけでは、院外から利用されても気づきにくくなります。
利用規約には、提供範囲、禁止行為、通信の安全を保証するものではないこと、障害時に停止する場合を簡潔に示します。利用者の通信内容を必要以上に収集せず、ログを取る場合は目的、保存、アクセス権を決めます。
待合で動画や電子書籍を提供する端末も、患者用または専用区分へ置きます。その端末から受付プリンターや共有フォルダーが見える状態にしません。患者がUSB機器を挿せる端末を業務へ転用しないことも基本です。
患者用サービスが診療通信を圧迫しないよう、帯域の上限や優先制御を設定します。混雑時にレセコンやクラウド画像が遅くなるなら、提供範囲の見直しや別回線を検討します。利便性より診療継続を優先します。
機器・アカウント・保守接続を管理する
業務用Wi-Fiの認証と暗号化を設計する
無線アクセスポイントは、医院の面積、壁材、同時接続数、電波干渉を測って配置します。家庭用機器を棚の奥へ一台置くと、電波を強くするため中継器が増え、管理できない構成になりがちです。業務向けに集中管理できる機器を検討します。
利用可能な強い暗号化方式を選び、初期管理者IDとパスワードを変更します。機器が対応する場合は、端末や利用者ごとに認証できる方法を検討し、一つの共通パスワードを全スタッフと退職者が知り続ける状態を避けます。
SSIDへ医院名や「medical-record」など役割をそのまま表示すると、攻撃者へ情報を与えます。名称を隠すだけで安全にはなりませんが、外部へ不要な構成情報を示さず、院内では台帳で識別します。
電波は壁の外へも届くため、駐車場や隣区画での強度を測ります。出力を必要以上に上げず、アクセスポイントの設置位置とアンテナ方向を調整します。通信断を避けるローミングも、受付から診療室まで端末を動かして試します。
共有IDをやめ最小限の権限を与える
ネットワークを分離しても、全員が管理者権限を持ち、同じIDを使えば操作履歴を追えません。レセコン、予約、クラウド、ルーター管理、メールについて、個人ごとのIDを発行し、職種と業務に必要な権限だけを付けます。
入職、異動、休職、退職に合わせて、アカウント作成と停止を行う一覧を用意します。退職日にメールだけ止め、予約システムや遠隔接続が残ることを防ぎます。外部業者の一時アカウントにも期限を設定します。
多要素認証を利用できるサービスは有効にし、回復手段を院長個人の携帯だけへ依存させません。バックアップコードや管理用端末を安全に保管し、緊急時に権限者が不在でも復旧できる手順を決めます。
パスワードを受付の引き出しやモニターへ貼らず、組織として承認した管理方法を使います。共用端末でも、操作時に利用者を識別できる仕組みと自動ロックを設定します。
リモート保守の入口を常時開放しない
レセコン、画像機器、予約、ネットワーク機器は、業者が院外から保守する場合があります。どの会社が、どの機器へ、どの方式で、いつ接続できるかを一覧にし、契約上の責任分界を確認します。
リモート接続は、医院が承認した時間だけ有効にする、強い認証を使う、接続元を制限する、操作ログを残すなどの対策をシステムに応じて求めます。メーカーが設置した不明な小型ルーターを放置しません。
保守中に患者情報を見る必要があるか、画面共有時に誰が立ち会うか、データを持ち出す場合の暗号化と削除を決めます。委託先の再委託、事故時の連絡時間、脆弱性情報の通知、契約終了時の設定撤去も確認します。
院内の利便性のために、スタッフが個人の遠隔操作ソフトを無断で入れることを禁止します。緊急保守の手順を一つにし、業者から突然電話で指示されても、正規窓口へ折り返して本人確認できるようにします。
業者との契約書には、障害対応時間だけでなく、脆弱性が判明した場合の通知、修正提供、ログ保存、事故調査への協力を含めます。「メーカー推奨設定」という説明で終えず、医院のネットワーク図にどの入口が追加されたかを更新してもらいます。
止まる前提で更新・監視・復旧を準備する
更新と設定変更を台帳で回す
ルーター、アクセスポイント、ファイアウォール、OS、アプリ、医療機器には更新があります。自動更新できるもの、診療への影響確認が必要なもの、メーカー作業が必要なものを分け、責任者と期限を台帳にします。
サポートが終了した機器は、動いていても安全な更新を受けられません。購入時に製品寿命と更新方針を確認し、更新費用を保守予算へ入れます。安い家庭用機器を数年放置する構成より、交換計画が明確な構成を選びます。
設定を変更する前にバックアップを取り、変更理由、実施者、日時、旧設定への戻し方を記録します。業者が善意で設定を変えた結果、別システムが停止しても、記録がなければ切り分けられません。
厚生労働省の最新チェックリストを定期的に使い、安全管理責任者、機器台帳、アカウント、バックアップ、インシデント対応などの不足を確認します。開院時の一回だけでなく、少なくとも年次と大きな変更時に見直します。
バックアップはネットワーク障害から切り離す
バックアップが同じネットワーク上の同じ権限で常時書き込み可能なら、ランサムウェアや誤操作で本体と同時に失うことがあります。システム提供者と相談し、世代、保管場所、オフラインまたは変更されにくい構成を組み合わせます。
「毎日バックアップしています」という表示だけで安心せず、対象データ、実行結果、失敗通知、保存期間、暗号化、復元に必要な時間を確認します。クラウドサービス側のバックアップ範囲と、医院が別に保存すべきデータを契約で確かめます。
復元テストをしなければ、壊れたデータを長期間保存している可能性があります。患者情報を安全に扱える環境で、業者立ち会いのもと定期的に復元し、必要なアカウントや鍵、連絡先がそろうか確認します。
ネットワーク停止中に受け付け、本人確認、診療記録、会計をどう行うか、紙の継続手順も用意します。復旧後に誰が入力し、二重請求や予約重複を防ぐかまで訓練します。
異常時に抜く線と連絡順を決める
不審な画面、身に覚えのない多要素認証通知、急な通信遅延、ファイルが開かないなど、スタッフが異常に気づく入口を決めます。「自分で再起動して様子を見る」前に、責任者へ報告し、証拠を消さない手順を教育します。
感染が疑われる端末をネットワークから切り離す方法を、機器ごとに確認します。電源を切るべきかは状況や専門判断で異なるため、一律にせず、契約業者や対応責任者への連絡順を目立つ場所に保管します。
患者情報の漏えい、滅失、改ざんのおそれがある場合は、個人情報保護法や関係ガイドラインに沿う対応が必要です。事実確認、影響範囲、診療継続、患者対応、関係機関への報告を、院長一人の判断に集中させない体制をつくります。
年に一度は、患者用Wi-Fiから院内へ到達できないこと、退職者IDが無効であること、障害時に紙受付へ切り替えられることを実地で試します。外部の専門事業者による設定点検や脆弱性評価も、構成に応じて検討します。
訓練後は、診療を何分で再開できたか、どの連絡先が古かったか、紙記録をどこへ保管したかを振り返ります。復旧手順があるだけでなく、現在のスタッフと機器で実行できることを確認し、改善担当と期限を残します。
まとめ
院内Wi-Fiは、電波が届けば完成ではありません。医療情報、一般業務、患者用、IoTなど、用途とリスクの違う機器を分離し、必要な通信だけを許可します。SSIDの数ではなく、相互に到達できないことを実際に試験してください。
資産台帳、個人ID、保守接続、更新、バックアップ、異常時対応まで含めて初めて安全設計になります。厚生労働省の最新ガイドラインとチェックリストを基準に、システム事業者と責任分界を確認し、開院後も変更のたびに構成を見直します。
開業準備中・開業前後の先生へ
開業準備を順番に整理できる「歯科医院開業ロードマップ」
物件・資金計画・医院コンセプト・採用・集患など、開業までに考えたい全体像と優先順位を整理できます。公式LINEに登録すると、この資料を含む無料3大特典をすべてご覧いただけます。