歯科医院へ突然、退職代行業者から連絡が入ることがあります。院長にとっては、本人から何の相談もなく、昨日まで勤務していたスタッフが急に来なくなるため、大きな驚きと戸惑いを感じる出来事です。
採用や教育に時間をかけてきたほど、「なぜ直接話してくれなかったのか」と、怒りや寂しさを感じることもあるでしょう。
ただし、退職代行を使われたからといって、必ずしも医院だけに原因があるとは限りません。本人の体調、家庭事情、対人関係への苦手意識など、医院側からは把握しにくい事情が重なっている場合もあります。
一方で、スタッフが「自分では退職を伝えられない」と感じるまでに、相談のしにくさ、院長や上司への恐れ、話しても変わらないという諦めが積み重なっている可能性もあります。
大切なのは、退職代行を使ったスタッフを責めることでも、院長がすべて自分の責任だと抱え込むことでもありません。防げた可能性のある突然退職を振り返り、日常の関わり方と組織の仕組みを改善することです。
この記事では、退職代行を使われる歯科医院に起こりやすい問題と、突然の退職を減らすために院長や幹部が日頃から行うべきことを解説します。
スタッフが退職代行を使う背景を理解する
退職代行という結果だけを見ると、本人が無責任に連絡を避けたように感じるかもしれません。しかし、その前に「自分で伝えるのは難しい」と思わせる経験が積み重なっていることがあります。まずは、本人がどのような心理状態になっていた可能性があるかを整理する必要があります。
退職を伝えたときの反応を恐れている
スタッフが退職を考えても、院長や上司から強く引き止められる、理由を細かく問い詰められる、周囲の前で責められると予想すれば、直接伝えることへの心理的な負担は大きくなります。
実際に過去の退職者へ「今辞められると困る」「育てた時間をどう考えているのか」と感情的に話している場面を見ていれば、自分も同じ扱いを受けると考えます。
院長としては、急な退職で患者や他のスタッフに影響が出るため、理由を知り、できれば退職時期を調整したいと思うでしょう。しかし、最初の反応が怒りや説得だけになると、スタッフは相談ではなく対立になると感じます。
退職の意向を聞いたときは、すぐに評価や説得へ進まず、まず本人の話を最後まで聞きます。その上で、引き継ぎや勤務時期について現実的に話し合える関係を作ることが重要です。
相談しても変わらないと諦めている
突然の退職に見えても、その前にスタッフが小さな相談や訴えを出している場合があります。業務量が多い、特定の人との関係がつらい、教育方法が合わない、勤務時間を調整したいといった話です。
そのたびに「今は忙しいから」「どこの医院も同じ」「もう少し頑張ってみよう」と終わり、具体的な対応や返答がなければ、スタッフは相談しても意味がないと考えます。
すべての希望を実現することはできません。しかし、対応できない理由や、代わりに可能な方法、いつ再検討するかを返すことはできます。相談が放置された状態と、難しい理由を説明された状態では、受け止め方が大きく異なります。
スタッフが何も言わなくなったとき、問題が解決したとは限りません。組織へ期待することをやめている可能性もあります。
退職は突然ではなく沈黙の後に表面化する
退職代行から連絡が来ると、院長には前触れのない出来事に見えます。しかし、本人の中では、退職を考えてから実行するまでに一定の時間があった可能性があります。
以前より発言が減る、提案をしなくなる、質問や相談を避ける、休みが増える、周囲との会話が少なくなるといった変化が出ていることもあります。
これらの変化だけで退職を決めつけてはいけません。体調や家庭事情など、別の理由もあります。ただし、普段との変化に気づいたときに、「最近負担が増えていないか」「困っていることはないか」と声をかけることはできます。
突然退職を減らすために必要なのは、退職の意思を見抜くことではありません。本人がまだ迷っている段階で、困りごとを話せる関係を作ることです。
退職代行を使われやすい歯科医院の共通点
退職代行を使われたという一件だけで、医院の組織全体を否定する必要はありません。ただし、同じような突然退職が繰り返される場合は、個人の問題だけでなく、相談経路や上司の関わり方、役割分担に共通する課題がないかを確認する必要があります。
院長や上司の感情が職場の空気を左右している
院長や責任者が忙しいときに強い言葉を使う、機嫌によって指示や反応が変わる職場では、スタッフは話す内容とタイミングを過度に選ぶようになります。
院長本人は厳しく指導しているつもりでも、スタッフが「何を言われるか分からない」と感じていれば、報告や相談は遅れます。良い情報だけが上がり、問題は隠されやすくなります。
特に、退職や人間関係の相談は、通常業務よりも伝えにくい内容です。日頃から小さな報告に強い反応をしていると、重要な相談ほど院長へ届かなくなります。
院長も人であり、忙しさや不安から反応が強くなることはあります。大切なのは、感情のままスタッフを評価せず、落ち着いて話せる時間を取り直すことです。反応が強すぎたときに謝り、修正できる姿勢も信頼につながります。
相談先と評価者が一人に集中している
直属の上司との関係に悩んでいるのに、相談先も評価者もその上司だけという状態では、スタッフは話しにくくなります。相談したことで評価やシフトに影響するのではないかと不安を感じるからです。
小規模医院では役職者を何人も置くことは難しいかもしれません。それでも、日常業務は先輩、勤務条件や人間関係は院長というように、相談内容に応じて別の経路を用意できます。
複数医院やスタッフ数の多い組織では、直属の責任者以外に、分院長、法人幹部、本部などへ相談できる方法を明確にします。ただし、窓口を置くだけでなく、相談内容の共有範囲と、相談後の対応方法も決めておく必要があります。
相談した人が不利益を受けたり、内容が不用意に広がったりすれば、制度があっても利用されません。相談経路は、存在するだけでなく、安心して使えることが重要です。
退職者から学ばず同じ問題を繰り返している
退職者が出るたびに、「最近の若い人は我慢できない」「合わない人だった」で終わらせると、組織側の共通課題は残ります。
入職後三か月以内の退職が続くなら、採用時の説明、受け入れ、教育に問題がある可能性があります。特定の責任者の下で退職が続くなら、その人の関わり方だけでなく、任せている業務量や権限、院長からの支援も確認します。
同じ不満や出来事が複数人から出ているなら、個人の感想ではなく組織の情報として扱う必要があります。
退職理由、在籍期間、所属、教育担当者、退職前の相談、残業や休暇の状況を記録し、共通点を振り返ります。辞めた人を評価するためではなく、次のスタッフが同じ理由で苦しまないようにするためです。
突然の退職を減らす日常の関わり方
退職代行の利用を完全になくすことはできません。本人の事情や判断によって、医院側が予測できない退職もあります。目指すべきなのは、スタッフを辞めさせないことではなく、困りごとや退職の意向を本人が直接話せる組織を作り、防げる突然退職を減らすことです。
定期面談と短い声かけを使い分ける
年に一度の評価面談だけでは、日常の小さな変化を把握できません。月に一度や数か月に一度の面談に加え、診療後の短い声かけを組み合わせます。
「何か困っていることはあるか」と聞くだけでは答えにくいため、「最近負担が増えた仕事はあるか」「質問しにくい人や時間帯はあるか」「入職前に聞いていた内容と違うことはあるか」など、具体的に尋ねます。
スタッフの表情や発言が変わったときも、退職を疑って問い詰めるのではなく、仕事や体調への負担を確認します。本人がすぐ話さない場合は、無理に聞き出さず、「必要なときはこの時間に話せる」と伝えておきます。
大切なのは、面談を行った回数ではありません。話した内容に返答し、必要な行動へつなげることです。相談を受けたら、誰がいつまでに確認するかを決め、途中経過も返します。
退職を伝えても責められない関係を作る
スタッフが退職を考えたとき、早い段階で相談してもらうには、「辞めると言ったら怒られる」という不安を減らす必要があります。
退職の申し出を歓迎する必要はありません。しかし、本人の人格や恩義の問題にせず、理由、希望時期、引き継ぎを分けて話します。
退職を考えた理由の中に改善できることがあり、本人も継続を望むなら、役割や勤務体制を話し合うことはできます。一方で、意思が固い場合は、無理な引き止めで関係を悪化させるより、必要な手続きを落ち着いて進めます。
過去の退職者へどのように接したかは、残っているスタッフも見ています。退職する人に対しても敬意を保つ医院では、在職中のスタッフも、自分の将来を安心して相談できます。
退職代行から連絡が来たときは感情と実務を分ける
実際に退職代行から連絡が来たときは、院長の感情と、医院として必要な対応を分けることが大切です。驚きや怒りのまま本人へ繰り返し連絡したり、他のスタッフの前で強く非難したりすると、問題がさらに大きくなります。
まず、連絡内容、本人の意向、貸与物、引き継ぎが必要な業務などを整理します。就業規則や雇用契約を確認し、判断に迷う場合は、社会保険労務士などの専門家へ相談しながら対応します。
同時に、患者対応や予約、担当業務を誰が引き継ぐかを決め、残るスタッフへ必要な情報だけを共有します。退職者への評価や憶測を広げるのではなく、現場の混乱を抑えることを優先します。
その後、本人を悪者にして終わらせず、入職から退職までの経緯を振り返ります。採用時の説明、教育、面談、相談経路、上司との関係のどこに改善できる点があったかを確認します。
私自身も、突然の退職に驚き、もっと早く気づけなかったかと考えた経験があります。すべてを防ぐことはできませんが、一件ごとに仕組みを見直さなければ、同じことが繰り返されます。
退職代行を使われたことを医院の失敗と決めつける必要はありません。しかし、そこから何も学ばないことは避けなければなりません。
まとめ
退職代行を使われたとき、院長は驚き、怒りや寂しさを感じることがあります。しかし、結果だけを見て本人を責めても、突然退職を減らすことはできません。
スタッフが退職代行を使う背景には、退職を伝えたときの反応への恐れ、相談しても変わらないという諦め、困りごとを話せないまま沈黙していた状態がある可能性があります。一方で、本人の体調や家庭事情など、医院だけでは把握できない理由もあります。
退職代行を使われやすい組織では、院長や上司の感情が職場の空気を左右している、相談先と評価者が一人に集中している、退職者から学ばず同じ問題を繰り返していることがあります。
突然退職を減らすには、定期面談と日常の短い声かけを組み合わせ、話された内容に返答することが必要です。また、退職の意向を伝えた人を責めず、理由、時期、引き継ぎを落ち着いて話せる関係を日頃から作ります。
実際に退職代行から連絡が来た場合は、感情と実務を分け、必要な確認と引き継ぎを進めます。その後、採用、教育、面談、相談経路のどこを改善できるかを振り返ります。
目指すべきなのは、誰も辞めない歯科医院ではありません。困ったときや退職を考えたときに、本人が早い段階で話すことができ、医院側も誠実に向き合える組織です。
まずは、スタッフが退職や人間関係について相談するとしたら、誰へ、どのように話せるのかを確認してみてください。その答えが曖昧なら、突然退職を減らすための改善は、相談経路を明確にするところから始まります。
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